ここが魔境
「冠を持つ神の手」の雑談と雑談と雑談とたまに二次創作テキスト。ほぼ王子。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


かもかて二次創作
非公式webアンソロジー「王子祭」提出品
企画終了したので掲載

王子愛情B後






 鹿車の揺れは、タナッセがこれまで体験してきた中でもひどい部類のものだった。重い音を立てて回る車輪の音の合間に混じる異音は、すなわちこの道の整備が行き届いていないことの証だ。石ころなのかくぼみなのか、その時々で音は変わるが鹿車が大きく揺れることに変わりはない。王都の中ではここまでひどいことはまずなかったし、あまり多くないとはいえ外に出た時でもここまで舌を噛まずにいることを気をつけねばならなかった記憶はない。なるほど辺境なのか、と思う。王都と地方との格差はある程度理解してきたつもりだったが、それでもことある毎に思わぬ形で気付かされる。この鹿車での旅もそうだ。まったく、知らないことが多すぎる。己が無知で非力であることを感じない時の方が少ない。いくら文官たちが優秀であろうとも、領主がこれではお笑い草だ。
 窓から外の様子を見ながら、舌を噛まぬようにと身構えるうちにタナッセは知らず知らず眉を寄せた難しい顔をしていた。道の整備の必要はあるだろうかと検討しかけたところで、肩に重みがかかりはっとする。
「レハト……?」
 隣に座る妻は、タナッセに身を預けるようにもたれかかって眠っていた。よくもこの状況で眠れるものだと感心しかけ、鹿車の揺れに慌ててその身を支える。レハトは、まだ起きない。
 苦笑がタナッセの口元をかすめかけ、すぐに憂慮にとって代わる。彼女は疲れているのだろうか。出立の直前には調子はいいと言っていたが、どこまで真に受けていいものやら分かったものではない。印持ちが度し難いのは、嫌と言うほど思い知らされてきたではないか。
 ひとまず道の整備のことは忘れることにタナッセはする。そもそもが歩くに足り、荷車が通ることができれば十分な地なのだ。他になすべきことは多くあるだろうし、今はそのようなことを考えるための時でもない。気にかけるべきは彼女の身だ。

 新領主による視察、という名目ではあったが実際の所は休養が主な目的として今回の日程は組まれている。館を離れ、人の少ない所でのんびりと過ごす。政務に没頭しがちなタナッセを気遣ったレハトと、一時に比べれば回復はしているものの未だ体調に不安の残るレハトを心配するタナッセとの、双方の思惑が一致した結果だ。実現されるまでに多くの日数と文言が消費されたが、下準備の甲斐あってか順調な旅であった。レハトの育った村をはじめ、いくつかの場所に立ち寄り、予定していた日程は滞りなく消化されていっている。移動による疲労がないわけではないが、おおむねのんびりとした行程であった。
 タナッセにとっても、屋敷に籠っていては気付きえぬ事柄に目を向けられる有意義な視察であった。政務が完全に頭を離れることがないというのは、当初の目的からすればよろしくないのだとしても。
 一方のレハトは血色もよく、大いに楽しんでいる様子であった。故郷の村に行けたのもよい影響を与えた様子だ。改めて、彼女の故郷に対する思いの深さを思い知ったタナッセだった。知らぬ訳ではなかった。知っていたからこそ、この地を領地にと求めたのだから。
 王都から離れた辺境の地。初めて目にした壁。簡素な家々に広がる農地。屋敷を構える街を出れば、広がる景色は己ひとりでは戸惑うようなものだっただろう。だが、タナッセはひとりではない。極めて僥倖なことに。

 鹿車の車輪の不調により停止を余儀なくされたのは日が陰るにはまだ早い時間帯であった。恐縮する周囲に対してタナッセが鷹揚だったのは、単純にレハトの調子が良く、彼女が気にしていない様子だったためだ。鹿車に揺られ続けるのも飽きたと言った彼女は、護衛が来るのも待たずに鹿車から降りるとさっそく辺りに足を伸ばそうとしていた。
 慌ててタナッセはその後を追う。
「待て、大丈夫なのか」
 夫の言葉に素直に足を止めたレハトは頷きを返すと、鹿車の中では寝ていたからと付け加える。元気なのだと言いたいらしい。安堵が胸中を満たすが、タナッセの口をついて出たのは叱責の言葉だった。
「だからといって、不用意に外へ出たり道を離れるんじゃない」
 言った端から後悔に襲われたが、レハトは気にした様子もなくちらりと笑いを覗かせてから先へと足を進めた。憤懣と困惑と安堵と、困ったことに愛おしさとで、タナッセはどうしていいのか分からなくなる。
 レハトが歩を進める先には青々とした草が生い茂っていた。農地にしては手が入っていない様子だ。その割に辺りは整備されているなとタナッセは周辺を窺い、再び繁茂する草へと視線を戻す。
 休耕地のようだと言ったのはレハトで、タナッセはその言葉を意味を一拍置いてから呑み込む。まったく、知識と実感とでは違う。違いすぎる。その差異に感じたのは焦燥だろうか。己では足りないのではないかという、急き立てられるような不安。領主としての、不足。彼女と共にいる者としての、不足。本当に自分で……。
「あ、おい」
 何の前触れもなく、レハトが草の群れへと身を躍らせた。一体何をとタナッセは思うが、こちらに向けた彼女の悪戯っぽい笑みからすると遊んでみたくなったという所なのだろう。年齢を、立場を考えろと常日頃から言っているのにまるで分かっていないらしい。それとも、懐かしい光景に気が緩んだのか。
「待て」
 言葉と共に手を伸ばしたが、指先がとらえたのは草の先端のみであった。先程とは違い、レハトは制止の言葉を聞かずに身を翻す。遠ざかる背中が草に隠れる。
 足は咄嗟に動かなかった。
 追わなかったのだとタナッセが自覚した時には、既に距離が開いていた。草の合間に見え隠れする姿に、追いかけなければと訴える思考に今すぐ従うべきだと思うものの、足は動こうとしない。なぜか、遠ざかっていくという感慨をもってその姿を目で追っている。
 目の前でざわざわと草が鳴っている。風にうねり、様相を変化させる。波打つそれは、決して海ではない。ただの草むらだ。記憶の中の、魔の草原とも違う。あんな異様さはない。だが、それでも、既視感と恐怖とはいらぬ所で顔を出す。喉が、鳴る。
 追いかけなければ。
 この手に捕まえなければ。
 放してしまってはいけないのに。
 思考はどこか遠く、目の前の光景すら現実ではないかのようであった。あるいは、何もかも己にとって都合のいい夢だったのではないだろうか。彼女と結婚しただなんて。はじめから、全てが。
 いや、そうではない。
「レハト」
 約束したではないか。己が手で守ると。黙って見送ってどうするのだ。
 足を踏み出す。音を立てて草むらに分け入ると、独特の臭いが鼻をつく。こんな生い茂った場所に踏み入れば濡れるし汚れるだけではないか。まったく、困った奴だ。これだから目が離せない。
 タナッセが追ってきたのが分かったのか、レハトが逃げようとするのが物音で分かる。がさがさと草をかきわけて、足を取られ、息を切らし、それでも追いかけるのを止めないで、そしてようやく伸ばす手の先に触れることができる。
「待てと言っただろうに」
 その手に捕まえる。存分に楽しんだらしいレハトは、無邪気に笑顔をタナッセに向ける。こちらの気も知らずに、と思いながらも翻弄されるのが嫌ではないのがどうしようもない。こんな顔をされて、誰が怒れようか。
 結局の所、彼女と共にあるというのはこういったことの繰り返しなのかもしれないとタナッセは考えながら草むらから守るようにレハトを抱き寄せる。飛び出していった彼女を追いかけて、手を伸ばして、ようやく捕まえるのだ。できれば、もっと落ち着いてほしいのだが。
 だが、触れた瞬間の達成感、安堵感は何度繰り返しても心地よいものだ。
「さっさと戻るぞ」
 こうして触れ合えていることも、不機嫌そうな声音に返ってくる嬉しそうな返事を聞くことも。



09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール
遠野 刈
Author:遠野 刈
ぐだぐだしてます。
かもかて中毒。
王子だいすき。

キット制作名:tnk
カテゴリ
最新記事
無礼会を終えて (02/01)
無礼会 (01/29)
チャット会計画中 (01/11)
あけましておめでとうございます (01/01)
譲れない想い (06/10)
サーチ

Ring
同盟




応援中


レハゲ制作委員会@ ウィキ

月別アーカイブ




Copyright © ここが魔境. all rights reserved.
Photo by clef      
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。